7時19分による文章の類
by 7時19分
彼女の行方
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 臆病になってしまったかもしれない。

 彼に電話をしたあとで、少し後悔した。いや、でもと首を横にふった。いずれは言わなくてはいけないことだし、万が一にも彼にその気があるのなら。そこまで考えてはみたものの紗智は不安だった。電話越しの彼の声色は暗かった。いや、暗くさせたのはわたしのトーンのせいなのかもしれない。「大事な話があるの」紗智がそういうと彼は居場所を訊き、すぐいくとだけいって電話を切った。

 秋の公園のベンチは冷たかった。風はなく、天気は良かった。透けるような青空に雲はほとんどなかった。こんなに気持ちのいい日にわたしは彼に用件を伝えなくてはならない。彼はどんな用事だと思っているだろう。

 紗智。背後から紗智の名前を呼ぶ声がした。振り返ると彼がうずくまっていて、口元からは真っ白い息がぜいぜいという呼吸と共に吐き出されていた。遠くに見える工場の煙とよく似ていると思った。

「走ってきたの?」

 ベンチから立ち上がったわたしを一瞥すると彼は困った顔で言った。

「自転車、とられちゃったみたいでさ。で、話って」

 見上げる彼の表情は多少疲れていた。紗智が口を開きかけた瞬間に、彼はちょっと待ってと促した。

「もしかして、俺たち二人に関わることかな」

 わたしは首を横に振った。違うの、そんなんじゃない。

「そうじゃなくて、わたしのこと」

「紗智の?」

 うん、とうなずいてひと呼吸した。

「転勤することになったの」

 ああ、どうなるんだろう。彼はなんというだろう。彼はわたしが言った言葉を理解するのに時間がかかったらしく、しばらく呆然としていた。それから、ああ、転勤かとだけ言ってその場にへたり込んでしまった。気が抜けるってこういう状態にぴったりだと紗智は他人事に思ってしまう。しばらくして、彼は聞いた。

「で、転勤って。近く? せいぜい隣町とか、だよね」

 だと良かったのに。心の中で紗智は本当に残念に思った。

「ちょっと遠いかもしれない。天竺ってどこだか知ってる?」

 努めて笑顔でそう言った。ついてくる彼の姿は想像できずにいた。





#HOLGA135
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by mottohikariwo | 2009-01-30 22:13
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