7時19分による文章の類
by 7時19分
雨時々さくら、のち晴れ
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「花見でもしよっか」

 空を見上げてまるでひとりごとのように呟いて、聞こえたかどうかの確認のためにトモアキ君の横顔をのぞき込んだ。いや、本当はその確認だけでもない。もやもやした気持ちがうっすらと私の中にあって、その確認でもある。まだ自分の気持ちがよく分かっていない。

 金曜日の夜は当然のように忙しいはずの居酒屋は、ここ最近閑古鳥が鳴いている。花見シーズンまっただ中ということに加えて、すぐ近くに桜の有名な大きい公園があるからだ。私とトモアキ君はバイトの時間が終わるまで割と暇な店内をいったりきたりしつつ、居酒屋の外から聴こえる賑やかな喧騒に耳を傾けていた。

「花見、ねぇ。雨降ってるけど」


 トモアキ君は空を見上げて苦笑いしている。涼しい横顔。仕事が終わって店の外に出ると、ぽつぽつと雨が降ってきた。春特有の細くて冷たい雨。今年の冬は暖冬だったから春も温かい雨が降るのかと思っていたけれど、実際には肌をじんとさせる寂しい雨だった。

「風流じゃない? 雨の日に花見なんて」

 再び見上げた空はもうすぐ明るくなりそうな予感がした。事実仕事が終わったのは四時少し前だったから朝に近づいているのは違いないけれど。

「風流、か。飲み物買ってく?」

 その声は悪戯盛りの小学生のようなトーンを含んでいて、それがなんだか特別な優しさをも含んでいるような気がして妙に嬉しかった。私がうなずくと、じゃあコンビニまで競争ねとトモアキ君は言って、軽やかに歩道へと飛び出した。

 きっと端からみれば恋人同士に見えるはずだろうと思う。買い物かごをぶら下げたトモアキ君はビールを手にとって、隣に立っている私を見た。缶ビールをふらふらさせて、飲む? の合図。

 うむ、よかろう。私はそういってカクテルをかごの中に入れる。すると、そうこなくっちゃとトモアキ君は笑い、もう一本かごに入れた。涼しい顔のトモアキ君は笑い顔がかわいらしい。そういえば、と思う。このあいだ、彼女と別れたって言ってたっけ。
 
 雨は強まるわけでも弱まるわけでもなく、降り出したときのペースを保っていた。トモアキ君は買ったばかりのビニール傘を広げて私を中にいれた。

 公園は祭りの後のように寂しげで、いたるところに散らばるゴミが(つまりそれは宴会の名残が)その寂しさを助長させているような気がした。それに雨。雨は長距離ランナーのようにむやみにペースを乱すことをしなかった。シトシトというよりも、サーが近いと思う。小粒よりも細かい、霧のような雨。

 公園内には雨宿りができる屋根付きのスペースがある。テーブルと椅子が用意されていて、まさに花見の宴会用の為に作られたような空間だ。そこからの桜はちょうどよくライトが照らされていてとても綺麗に見える。

 トモアキ君と私は乾杯を交わして桜を眺めた。ビールをちびちびと飲むトモアキ君は手を伸ばして雨に濡れた。

「雨の日の花見も意外といいもんかも」

 そう言って濡れる手をぶんぶん振った。

「でしょう?」

 私は得意げに鼻をふふんと鳴らして、キンキンに冷えたカクテルを流し込んだ。チェリーの香りが鼻を抜けた。

 ふと昨晩見た夢を思い出した。トモアキ君と私は夢の中で空を眺めていた。空には一筋の大きな虹が掛かっていて、それがとても綺麗だったのを鮮明に覚えて いる。目の前の水たまりに吸い込まれる雨滴は弱まっていた。朝と共に晴れるのかもしれない。薄ぼんやりとした空は東の向こうが少しだけ明るくなっていた。朝が近づいてくる。

「そういやさ、昨日夢ん中にユイさんが出てきたんだよね」

「私が?」

 トモアキ君はうんと頷いた。

「あ、雨やみそう」

 トモアキ君はそれ以上夢の話には戻らずに二本目のビールを飲み干した。そしてふらふらと屋根の外へと歩いていく。私もついていくことにした。立ち止まってぼんやりと空を眺めるトモアキ君。そして私は彼の横顔と空の向こうを交互に見る。

「夢の話の続き、聞かせてよ」

 するとトモアキ君は困ったような可笑しいような顔をして唸った。

「うーん。まだ言えない。ひみつ」

 そんなことを言われてしまうと余計に気になってしまう。やましい夢でも見ていたのだろうか。

「もったいぶらずに言いなさいよ」

 そう言ってトモアキ君をこづくと、彼は小さな声でやったと洩らした。

「なに?」

 トモアキ君は私の顔を見るなり、空を指差した。

「ほら、あれ」

 彼の指差した空には虹が掛かっていた。夢で見た虹にはおよばない小さくてうっすらとした虹だったけれど、それは確かに虹だった。

 虹だね。私がそう言うと彼は頷いた。

「昨日。夢でね、ユイさんと虹見てたんだよ。だからそろそろ見えるんじゃないかと思って」

 驚いた。でも彼の嬉しそうな表情をみて、同じ夢を見ていたという驚きがどこかへいってしまいそうだった。雨に落とされた桜が一面を覆っていてそれは雲の上のようにも見える。雲の切れ間から射し込んだ日の光が桜の絨毯を照らしていた。

 家までの道のりをどちらともなく手を繋いで帰った。これから付き合うことになるかもしれないとぼんやり思いつつ、トモアキ君と同じ夢を見ていたことは、しばらく言わずにいようと思った。



#W53H
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by mottohikariwo | 2009-02-26 02:48
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