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7時19分による文章の類
by 7時19分
名残雪
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 なんだか暖かくなってきたなあと思っていたら、庭の梅の木が花をつけていた。次の日、やっぱりまだ寒いやなんて思っていたら雪が降っていて、梅の花は雪化粧を施していた。ピンクと白のコラボレーションは、すでに降り止めた厚い雲の隙間を縫って注ぐ、まっすぐな日の光に照らされていた。なんだか不思議な光景を目の前にして、そうかと、僕はつぶやいた。これが名残雪ってやつか。

 この雪は明日にはきれいすっかり消えてなくなってしまう。たぶん。でも僕の名残はまだ当分消えてなくなってはくれないのだろう。もういなくなってしまった彼女や、両親、兄弟、そして僕自身も。僕たちはこの地球の名残雪みたいな存在で、いつまでもこの星にすがり付いていたいと思っている。多分明日には消えてしまうのが分かっていたとしても、ちょっとでもその存在を誇示したいがために、なにかしらのアピールをとっている。たとえそれがくだらないことだと分かっていたとしても。
 
 ねえ、僕らはもう名残を残しすぎた。そうは思わないかい?



*HOLGA135
# by mottohikariwo | 2009-04-18 03:32
向こう側のひかり
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 真っ暗な長いトンネルを抜けると、そこには何の変哲もない道路が通っていた。

 その日のわたしは、いつもの散歩コースこそ変えてはいないけれど、いつもよりゆっくりと、それはもう亀くらいのスピードで歩いていた。とても天気が良くて、それでいて春らしい穏やかな空気がゆったりと流れていた。それだからいつもよりゆっくり時間をかけて歩いた。ゆっくり歩けば景色は普段と変わるもので、道端のアスファルトから生えているタンポポに気づいたり、民家の軒先に咲いている小さな花のつぼみを発見したりできる。そんな些細なことで少しだけ嬉しさが湧き出てくるような気がした。

 散歩コースの途中に、高架脇を沿う道路がある。車は一歩通行でしか通れない道で、それだからか車の通行量よりも人通りのほうが少しだけ多い。高架のいたるところに、高架の向こうを沿うやはりこちらと同じような道路に渡れる小さなトンネルがいくつもあって、いつもはそのトンネルなどは気にしないでいたのだけれど、ゆっくり歩いているせいで、トンネル一つ一つに視線が向かう。もちろんトンネル自体を見ているのではなくて、トンネルの向こう側を一つ一つ吟味するかのように歩みを止めて見つめては、また歩いた。

 トンネルは全部で十箇所くらいあったような気がする。そのおそらく十箇所目辺りでわたしは歩みを止めて、しばらく動けずにいた。そのトンネルは向こう側がずいぶん遠かった。そして他の今までのトンネルとは違って天井に灯りがともっていた。いつもはすんなり通り過ぎてしまうような光景なのに、なんだか小さな好奇心と冒険心がわたしの背中を押しているような気がしてしょうがなかった。そのトンネルの向こうにわたしの求めている何かがあるような気がした。そしてわたしは足の向くまま、トンネルの向こうの光に向かって歩き出したのだ。

 なんの変哲もない道路のはずなのに、なんだか違和感を感じていたのだけれど、それに気がつくまでにはしばらく時間がかかった。

 わたしは、なんとなく大きな期待をしていた。なにか今までに体験したことのないような素晴らしいことがわたしを待っているんじゃなかろうかと。そんな期待をトンネルの向こうの光に託していた。大げさすぎるとは思わなかった。こんな天気のいい気持ちいい日に何かを期待しなくていつ期待すればいいのだ。わたしはそんな風に思っていた。

 残念ながら、わたしの期待していたような嬉しいハプニングは一目観た限りではなかった。残念だなという気持ちと、まあこんなものかという物悲しさが少しずつ広がって、足先が後ろを捉えようとしたときだった。それは、なんとなくの違和感が確信に変わった瞬間だった。





#HOLGA135
# by mottohikariwo | 2009-03-19 04:39
モニュメントのお話
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 考えようにも頭の中にはブラックホールみたいな得体の知れない掃除機みたいなものがあって、どんどん思考を吸い込んでいってしまう。考えよう、と思うことさえスポッと吸い込まれてしまい、僕の目はいつしか焦点を失い、いつの間にか遠くのほうを見ていた。それは見ていたのかさえ定かではない。

 目の前にあるモニュメントはひどく錆び付いていた。今いるこの公園自体寂れているのでよりひどく見える。モニュメントを横目に見ながら、うつろな思考はただ思うことの垂れ流しを行う。人も錆びていき、いずれは死に行くのだ。そういったなんのことはない軽薄なことをつらつらと垂れ流す。

 垂れ流すことなんていくらでもあるのだ。ただ単に感動し、わざわざ涙を流したくて映画を見に行くように、僕はこの公園のモニュメントを目の前にして、くだらないことの垂れ流しを行いたくて散歩に来た。それだけだ。

 しかし、本心かどうかなんて僕には知る由もない。もしかしたら、本心は誰かに会いたがっているのかもしれない。誰かとお喋りしたいのかもしれない。外人に話しかけられてもいいのかもしれない。What's up?(最近どう) なんて話しかけられたら今の僕なら気軽に答えられるかも知れない。でもたぶん答えはSame old.(いつもどおりだよ)とかNot much.(いや、べつに)なんていうツマンナイ返ししか出来ないだろう。嬉しいにもかかわらず。

 そう、たぶん嬉しい。僕はおしゃべりが好きだから。

 誰かに気にしてもらえるって嬉しいことだよ。話しかけてきてくれるのも。

 それらが億劫になってしまうのは、自分自身が寂れてしまっていっているからだと、なんとなく思う。寂れていって、この公園のモニュメントみたいに錆び付いていって、誰からも見向きもされず、そうして消えてしまうんだ。存在も、記憶も。それが嫌だから、自分というモニュメントをみんな磨いている。ピカピカにして、他の誰かに気にしてもらいたいって心の奥なんかで思っている。

 ただそこにあるだけでいいのに。どうしてあるだけで満足できないんだろうね。
 目の前の錆び付いたモニュメントは何も答えてくれなかった。




#HOLGA135
# by mottohikariwo | 2009-03-15 23:07
梅の華
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 すぐそこの手に届きそうな花瓶。そこに活けてある梅を見ていてふと思い出した。やっぱりいつかの夏の時期にに見たアレは梅の花だった。
 わたしは久しぶりに会った女友達と居酒屋で飲み交わしていた。繁華街のこじゃれた雰囲気のそこに彼女に連れられて。


 最初に目に留まったときに違和感があったんだよね。なんていうか、桜が赤いもみじと一緒に咲いているような違和感。ペンギンと白熊が一緒に写真に写っているような違和感っていうのかな。あ、分かりづらいか。とにかく得体の知れない違和感。あれ? って思った。でも気づいたのは視界に入ってから3分以上たってから。だいぶ遅いよね。うん、わたしもいまさらながらに思う。そして何で気がついたのかっていう理由がある。3分以上も見逃しておいて気がついた理由なんて間抜けもいいところだけど、でも聞いて。


 さっき、夏の時期って言ったのは覚えてるよね。そう、たぶんあれは8月。たぶん、確信はないけど。なにせけっこう昔のことだから。小さいときね。でも物心はとっくについている。小学生だったかな。たぶん。たぶん、が多いのは許してね。アルコールが入るといっつもこうなっちゃうんだ。あ、キミ今うそ臭いって思った。梅の話が、ね。ほんとなんだ。でも誰にも話したことはないよ。まるでわたしが牛丼屋に入ってきたピエロみたいに見られるのは分かってるんだから。

 それで。そう、8月真っ只中のある日。その日。おばあちゃんと一緒に夕飯の買い物に行ってた。わたしってばおばあちゃん子だったんだよね。やさしいから好きだったんだ。そう、買い物の帰り道だったな。歩いて、家まで帰った。その途中だね。家と家の間っていうのかな。塀と塀の隙間。そう、それ。その間を何気なく見てたんだよ。そうしたら、向こう側は多分空き地なんだね。くるぶしにも足りない草が生い茂っていて、木が生えてた。その木に花が咲いてたんだ。もちろん、それは赤。梅の花っていったら、わたしは断然、赤だな。赤が好き。梅ね。そう。それが咲いてたのが見えたんだよ。わたしはしばらくぼうっと見ていて、やっと梅だって気がついたのは、わたしの腕をおばあちゃんが少し引っ張ったとき。それで、おばあちゃんに言ったんだ。梅が咲いてるよ、って。おばあちゃんは、そうかいそうかいってあたしの話に肯いているだけで、見向きもしなかった。そのときわたしは、おばあちゃんはきっと信じてないって思って、そして怒った。咲いてるんだもんって。さすがにわたしが真剣だったとみておばあちゃんもそっちをみたね。

 で、頷いたよ。「ユキちゃんは梅のハナをみたんだね」ってそういった。わたしは頷いたけど、おばあちゃんはそっちをみながら話を続けた。花っていう漢字は知ってるね? って。でもユキちゃんの見たのはきっと難しい漢字のハナだね。って。

 わたしは今の今まで意味が分からなかったけど、さっき分かった。たぶん、おばあちゃんには見えてなかったんだとおもう。わたしにしか見えてなかったんだ。あ、もちろんハナは中華の華ね。形容詞的に使う、そうだな、文化の華開くとかさ。梅には梅の咲く時期っていうのがあるじゃない? それ以外に咲くなんていうのは、きっとイメージでしかないんだよね。わたしはたぶんそのイメージを見ていたんだと思う。不思議なことって意外と身近にあったりするもんなんだよね。


 それからまた散々喋くり倒して飲むだけ飲んで、家路に着いた。温めのシャワーを浴びながら、わたしは頭の中をぐるぐる回る得体の知れない何かを追っていた。なんだっけ、なんだろう。あの居酒屋の場所ってどの辺だったっけ。違うな。そうじゃない。あの子ってもう結婚してたっけ? いや、そういうことでもないな。結婚指輪らしきものをしていたし。そうでもなくて。

 わたしの脳はとうの昔にアルコールに侵食されてしまっていて、考えることはもはや気持ち悪い胸の奥にいる靄のかかった何かではなく、わたしの胃の氾濫による反乱についてだった。

 ようやく胃の中のすべてを吐き出して老朽化した扇風機の弱々しい風を浴びながらふと思う。
 いまって夏だよね。だよね。
 わたしはぼんやりとした思考の中で何かを咀嚼していた。



#W22H
# by mottohikariwo | 2009-02-27 21:48
雨時々さくら、のち晴れ
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「花見でもしよっか」

 空を見上げてまるでひとりごとのように呟いて、聞こえたかどうかの確認のためにトモアキ君の横顔をのぞき込んだ。いや、本当はその確認だけでもない。もやもやした気持ちがうっすらと私の中にあって、その確認でもある。まだ自分の気持ちがよく分かっていない。

 金曜日の夜は当然のように忙しいはずの居酒屋は、ここ最近閑古鳥が鳴いている。花見シーズンまっただ中ということに加えて、すぐ近くに桜の有名な大きい公園があるからだ。私とトモアキ君はバイトの時間が終わるまで割と暇な店内をいったりきたりしつつ、居酒屋の外から聴こえる賑やかな喧騒に耳を傾けていた。

「花見、ねぇ。雨降ってるけど」


 トモアキ君は空を見上げて苦笑いしている。涼しい横顔。仕事が終わって店の外に出ると、ぽつぽつと雨が降ってきた。春特有の細くて冷たい雨。今年の冬は暖冬だったから春も温かい雨が降るのかと思っていたけれど、実際には肌をじんとさせる寂しい雨だった。

「風流じゃない? 雨の日に花見なんて」

 再び見上げた空はもうすぐ明るくなりそうな予感がした。事実仕事が終わったのは四時少し前だったから朝に近づいているのは違いないけれど。

「風流、か。飲み物買ってく?」

 その声は悪戯盛りの小学生のようなトーンを含んでいて、それがなんだか特別な優しさをも含んでいるような気がして妙に嬉しかった。私がうなずくと、じゃあコンビニまで競争ねとトモアキ君は言って、軽やかに歩道へと飛び出した。

 きっと端からみれば恋人同士に見えるはずだろうと思う。買い物かごをぶら下げたトモアキ君はビールを手にとって、隣に立っている私を見た。缶ビールをふらふらさせて、飲む? の合図。

 うむ、よかろう。私はそういってカクテルをかごの中に入れる。すると、そうこなくっちゃとトモアキ君は笑い、もう一本かごに入れた。涼しい顔のトモアキ君は笑い顔がかわいらしい。そういえば、と思う。このあいだ、彼女と別れたって言ってたっけ。
 
 雨は強まるわけでも弱まるわけでもなく、降り出したときのペースを保っていた。トモアキ君は買ったばかりのビニール傘を広げて私を中にいれた。

 公園は祭りの後のように寂しげで、いたるところに散らばるゴミが(つまりそれは宴会の名残が)その寂しさを助長させているような気がした。それに雨。雨は長距離ランナーのようにむやみにペースを乱すことをしなかった。シトシトというよりも、サーが近いと思う。小粒よりも細かい、霧のような雨。

 公園内には雨宿りができる屋根付きのスペースがある。テーブルと椅子が用意されていて、まさに花見の宴会用の為に作られたような空間だ。そこからの桜はちょうどよくライトが照らされていてとても綺麗に見える。

 トモアキ君と私は乾杯を交わして桜を眺めた。ビールをちびちびと飲むトモアキ君は手を伸ばして雨に濡れた。

「雨の日の花見も意外といいもんかも」

 そう言って濡れる手をぶんぶん振った。

「でしょう?」

 私は得意げに鼻をふふんと鳴らして、キンキンに冷えたカクテルを流し込んだ。チェリーの香りが鼻を抜けた。

 ふと昨晩見た夢を思い出した。トモアキ君と私は夢の中で空を眺めていた。空には一筋の大きな虹が掛かっていて、それがとても綺麗だったのを鮮明に覚えて いる。目の前の水たまりに吸い込まれる雨滴は弱まっていた。朝と共に晴れるのかもしれない。薄ぼんやりとした空は東の向こうが少しだけ明るくなっていた。朝が近づいてくる。

「そういやさ、昨日夢ん中にユイさんが出てきたんだよね」

「私が?」

 トモアキ君はうんと頷いた。

「あ、雨やみそう」

 トモアキ君はそれ以上夢の話には戻らずに二本目のビールを飲み干した。そしてふらふらと屋根の外へと歩いていく。私もついていくことにした。立ち止まってぼんやりと空を眺めるトモアキ君。そして私は彼の横顔と空の向こうを交互に見る。

「夢の話の続き、聞かせてよ」

 するとトモアキ君は困ったような可笑しいような顔をして唸った。

「うーん。まだ言えない。ひみつ」

 そんなことを言われてしまうと余計に気になってしまう。やましい夢でも見ていたのだろうか。

「もったいぶらずに言いなさいよ」

 そう言ってトモアキ君をこづくと、彼は小さな声でやったと洩らした。

「なに?」

 トモアキ君は私の顔を見るなり、空を指差した。

「ほら、あれ」

 彼の指差した空には虹が掛かっていた。夢で見た虹にはおよばない小さくてうっすらとした虹だったけれど、それは確かに虹だった。

 虹だね。私がそう言うと彼は頷いた。

「昨日。夢でね、ユイさんと虹見てたんだよ。だからそろそろ見えるんじゃないかと思って」

 驚いた。でも彼の嬉しそうな表情をみて、同じ夢を見ていたという驚きがどこかへいってしまいそうだった。雨に落とされた桜が一面を覆っていてそれは雲の上のようにも見える。雲の切れ間から射し込んだ日の光が桜の絨毯を照らしていた。

 家までの道のりをどちらともなく手を繋いで帰った。これから付き合うことになるかもしれないとぼんやり思いつつ、トモアキ君と同じ夢を見ていたことは、しばらく言わずにいようと思った。



#W53H
# by mottohikariwo | 2009-02-26 02:48